【ブラタモリ「熊野~なぜ熊野は日本の聖地になったの?~】4月20日(土)放送

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番組詳細

「ブラタモリ#131」

タモリと林田理沙アナウンサーがさまざまな街に訪れ、その街の歴史、人々の暮らしに迫る旅番組。ナレーションを担当するのは、草彅剛さん。

今回、訪れたのは、熊野。お題は「なぜ、熊野は日本の聖地になった?」

その謎を解き明かす旅へ出かけましょう。

 

熊野那智大社へ

タモリさんと林田アナウンサーが最初に降り立った地は、那智勝浦。熊野古道の入り口・大門坂から、さぁ出発です。ちなみに、熊野は、その昔、神々が住まう場所として数多くの人々から崇められてきた地であり、霊場に通じる参詣道のことです。

 

国際熊野学会・山本殖生さん登場!

山本さんは生まれ育った熊野を調べて40年という強者。熊野のことを誰よりも知る方です。

平安時代から行われてきた、熊野詣で。ちなみに、熊野詣でとは、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社の熊野三山を巡礼することを言います。

現在のように交通手段のない時代。徒歩でしか行けない熊野までの道のりですが、京都から熊野までの往復は1ヶ月もかかったとのこと?!それでも、熊野詣での人気は高く、当時、蟻が行列を成して歩く姿に例えられ、蟻の熊野詣でと呼ばれていたそうです。

山本さん「なぜ、そんなに遠い熊野までやってきたのでしょうか?」

タモリさん「憧れの地だったんでしょうね」

林だアナウンサー「行くと良いことがある」

タモリさん「ご利益が得られるんじゃないか」

山本さん「熊野の誕生をひも解いていきましょう」

 

那智の滝とは

タモリさんたちが向かった先にあったのは、落差133メートルあるという大滝・那智の滝でした。実は、この那智の滝こそが、熊野那智大社のご神体だったのです。

 

山本さんがおっしゃった「滅罪浄化」とは、

神さまが住む熊野に詣でれば、現世で犯した罪が許され、生まれ変われると考えられたそう。

 

南紀高等学校教諭・田原敬治さん登場!

那智の滝はどうやってつくられたのか?

タモリさん「花崗岩ではないか?」

田原さん「流紋岩です」

流紋岩とはマグマが冷えて固まった固い石のことです。ちなみに、タモリさんたちが歩いてきた大門坂に敷かれてあった岩は、比較的柔らかい砂岩でした。

那智の滝ができたわけは、この地層にあったそう。那智の滝は流紋岩と砂岩の境目にありました。マグマが冷え固まりできた流紋岩の上を川が流れ、砂岩が徐々に流されてしまい、落差133メートルの大滝ができたとのことです。

 

熊野那智大社宮司・男成洋三さん登場!

通常では目にすることができない、ある特別な物を見せてくれました。

「八咫烏」をご存知の方も多いと思いますが、ここ熊野那智大社には八咫烏が羽を休めたとされる岩がありました。ちなみに、八咫烏は熊野の神の使いとされている鳥になり、サッカー日本代表のユニフォームのシンボルマークにもなっています。

 

人々を熊野に呼び寄せた影のプロデューサーとは?

熊野古道を整備し、熊野三山をプロデュースしたのは、山伏さんたちでした。

彼らが熊野で修行する傍ら、道を整備し、神・仏を融合させたプロデューサーでもあったのです。山伏さんたちは熊野信仰を広め、詣でる人々の道案内をしていたそう。彼らの尽力がなければ、熊野は今も山深い里山で、人々が詣でるような熊野三山はつくられなかったかもしれません。

 

次回放送は?

4月27日(土) #132「熊野の観光~熊野観光の“深~い”魅力とは?~

次は、川湯温泉、熊野本宮大社を訪れます。ご期待ください。

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