放送日 2019年4月22日(月)よる9:00~10:54
ゲストを迎え、その街にゆかりのある「神様・仏様」を調べる街ぶら番組。
MC:伊沢拓司
ゲスト:遠藤章造(ココリコ)・相川七瀬・佐野史郎・市川紗椰
吉祥寺の神様仏様調べてみました!
吉祥寺の神様仏様を調べてくれたのは、吉祥寺在住の佐野史郎さん。伊沢拓司さんと市川紗椰さんで巡りました。
3人が待ち合わせた場所は、吉祥寺駅前。市川紗椰さんの実家も吉祥寺だそう。
問題 吉祥寺には吉祥寺という名前のお寺がある?
答えは、ない
吉祥寺という名前のお寺はあるの?
答えは、ある
東京都文京区駒込には吉祥寺なるお寺があるとのこと。このお寺は、その昔、江戸城を建築する際、吉祥増上と印された金印を発見!「めでたい」ことから、吉祥寺としたそうです。徳川家康が江戸に来た時はまだ、現在の水道橋あたりにあったとのことです。
なぜ、吉祥寺という街が現在の場所になったのか?
まずは、サンロード商店街へ。この商店街を抜けると、月窓寺が見えてきます。
吉祥寺の街と月窓寺の関係は?
明星大学・高橋球洲彦准教授の説明では、
・明暦3年の大火で吉祥寺の門前が焼け、その翌年、吉祥寺大火で吉祥寺が丸焼けになる
・江戸幕府の命令で、お寺は駒込へ、住んでいた人々は武蔵野台地へ移転
これらの理由で、現在の場所に建てられたとのことでした。

月窓寺とは
万治2年、開山 曹洞宗
吉祥寺という村をつくる際、当時の人々の心の拠り所となったお寺です。実は、ここ、口コミでは「怖いお坊さま」がいるとの噂あり。口コミでの投稿ですので、真偽は分かりません。ちなみに、吉祥寺の安養寺・光専寺・蓮乗寺・月窓寺を総称して、四軒寺と呼ばれており、月窓寺はその中でもっとも大きな寺院になります。
お寺には、玄奘三蔵法師の銅像、乾漆造白衣観音坐像がある観音堂、立派な本堂があります。吉祥寺に行かれた時は、御朱印をいただきに立ち寄ってみてはいかがでしょう。
見出し:鳥取の神様仏様調べてみました!
鳥取の神様仏様を調べてくれたのは、「とっとりふるさと大使」の遠藤章造さん。
相川七瀬さん、伊沢拓司さんと合流したのは、鳥取空港。この日は寒かったようで、「寒い」を連発していました。
遠藤さんは、お父さまが鳥取県出身。その縁から、鳥取のふるさと大使を任命されているそう。
ちなみに、相川さんも、かしま大使ですね。鹿島神宮の御朱印帳に、相川七瀬デザインのものがあることは、よく知られています。
問題 鳥取砂丘に落書きすると罰せられる?
答えは、〇
相川さんは〇を、遠藤さんは×を選択。
落書きが相次ぎ、それを阻止するため、条例がつくられたとのこと。落書きすると5万円以下の罰金が科せられるようになりました。観光地ですので、景観は守らなくてはいけませんね。
三徳山三佛寺 本堂

開山706年。三佛寺は嘉祥2年(849年)創建。ここには、大日如来・釈迦如来・阿弥陀如来の3つの仏様を本尊としたことから、三佛寺としたそうです。
「十八番」という言葉は阿弥陀如来の48の誓いの中で、18番めがもっとも重要とされたことが由来とされているとのことです。
地蔵堂
源頼朝の命によって奉納された鐘楼堂。戦時中、この鐘を山から下すことができず、奉納された当時のまま、現存。
その先をもう少し登って行けば、重要文化財・納経堂が見えてきます。その近くには、岩の下にすっぽりと入る形で建てられた観音堂があります。どちらも、鎌倉時代の建物です。
観音堂の胎内くぐりは母親の産道を意味し、出た先にある元結掛堂にたどり着きます。
元結掛堂の前を過ぎて岩を回ると、国宝投入堂が見えてきます。険しい山肌に建つため、向かうことはできません。ちなみに、投入堂の本尊は、蔵王権現。
この山肌にどうやってつくったのか?鳥取の国宝は、今もってどうやって建てたのか不明だそう。お堂の建築に必要な木を投げ入れるように上げたのではないか…とのことから、投入堂なる名で呼ばれるようになったのではないか、とのことでした。


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